今から遡ること30年前、父(今日はあえて『初代』ではなく父で)と『水素水』は劇的な出逢いを果たしました。今日は、水素水を語る上でなくてはならない、父の『相棒』で
今朝一番に、郵便が届きました。一体、誰から? ん?
父・秀光の『朋友』(ぽんゆう)、医学博士の河村宗典先生からや!!何を送ってくれはったんやろう…
むむ??うおーーーーーー!!!
確か河村先生単独でご本を出されるのは初めてのはず!
『水が教えてくれたこと』、医者の立場で、水素水について書かれた本です。奇しくも、生前、父が最もお世話に出版社さんからの出版。実は河村先生は、父を陰日向に支えてくださった大恩人。初代が『剛』とすれば、河村先生は『柔』。まさに…
失礼しました、わかりやすいかなと思って… 河村先生は常に周りを立て、出しゃばらない『温厚』という字を絵に描いたような、やさしいやさしい先生です。
その先生が筆を取った、これだけでもメチャクチャ嬉しい!3年前に父が他界、僕が代表に就任し、ご挨拶に伺った時、今まで僕も知らなかった、父のとんでもエピソードと共に
温厚な河村先生が、力強く約束してくださったのです。だからこそ、今回、ご自身初のご本を手に取った時、僕は…
伝わってますか…?
父の本の前で写真を撮り、さらに感慨もヒトシオです…だって
早速、ページをめくると、冒頭から父が沢山登場していました。(※河村先生の許可を得て、中身の写真を少しだけ撮らせていただきました)
水素水との出会い、父とのエピソード、医者としての葛藤、父との奮闘、水素水の自分への病院への導入とその後の臨床結果、実際の臨床写真、水素水への確信、その肉筆の文章には、父が乗り移ったかと思うほどの
が溢れていました。考えてみれば、河村先生と父が、見切り発車で始めた『水行脚』。勿論、昨今の水素水がブームは、水素水生成機関連の会社さん、ご協力いただいた大学教授のみなさん、水素水の世間への発表に尽力いただいた各種メディアのみなさんのチカラのお陰もあります。しかし、水素水の歴史は、
熱き二人の医師が、毎日のようにディスカッションに明け暮れた、その熱量は計り知れません。絶妙なパートナーシップがあったからこそ、一昔前なら、誰も見向きもしなかった水素水が脚光を浴びることになったと僕は思います。二人のあ・うんの呼吸っぷりは、この写真からも見えてきません?まさに『朋友』(ぽんゆう)!
僕が今日、お礼の電話をさせていただいた時に、河村先生が僕に仰った言葉。きっと社交辞令でしょう。でも言われて悪い気は全くしません。それに僕には、ストレートに響いた!少なくとも、僕の周りで、そんなことをお世辞でも言ってくれはる人はいないです。
僕のブログでの、本紹介も快諾!ご興味がある方は、是非、お読みになってください。ハッキリ言って、メチャメチャわかりやすくて、オモシロイ!水素水の熱い歴史から、あなたが元気になる『確信』が得られるかもしれません…
河村宗典先生
1938年山口県生まれ。64年神戸大学医学部卒業。65年から77年まで神戸大学医学部第二外科教室に在籍。78年に医学博士号取得。77年から81年まで特定医療法人誠仁会大久保病院の副院長をつとめる。81年から2014年まで特定医療法人誠仁会協和病院院長をつとめる。1985年より電解還元水(電解水素水)を臨床に取り入れる。2014年協和病院名誉院長として現在に至る
これからも
を書いていきます。チョットだけでも
になれたら嬉しいなぁ〜^_^
今日はここまで。
ほなまた次回!