今朝、TwitterとFacebookに、今度の4/10にやるレースアナウンスのことをあげました。
アテネオリンピックが開催された2004年、僕が32歳の時、あることに挑戦する決断をしました。それは
ハッキリ言ってスタートするには
でも独身やし、やり残すと後悔すると思ったのがキッカケでした。養成所に通い、二十歳そこそこの若者たちにまみれ、何とか1年ほどで『セミプロ』に。
さて、『喋り手』とは、僕が勝手に言っている、声を生業にしている人の総称です。なぜこういう言い方をするのか?それは声の仕事も多種多様だから。例えば、一般的に有名な『声優』、その声優一つとっても、アニメ、ゲーム、映画の吹き替え、パチンコ台、ラジオドラマなど多岐に渡ります。
その他、声の仕事は、ラジオパーソナリティー・DJ、ナレーション、司会、アナウンス、ラジオ・テレビ告知、ラジオ・テレビショッピングなどなど、もう挙げればキリがないッ!
そんな中、声の仕事であれば、僕はこだわりなく何でもやりました。だから自分のことを『喋り手』と呼んでるのかも。ちなみに喋り手時代の僕のプロフィールはコチラ↓
『ロートーンからハイトーンまで持ち前のノリと笑い声で盛り上げます!海外流有学で培った英語の発音は、まさにネイティブ級!必聴です!』
要は『商品』としての僕の
このプロフィールに『サンプルボイス』、自分の声が入ったCDをくっつけて、レコーディングスタジオ、ラジオやテレビ局、会社さんに販促品として配ります。こんな感じのを↓
今でも、年に何回か依頼があれば喋ります。でも本格的な『プロ』としてやっていたのは6〜7年ぐらいかなぁ、とにかく何だってやりましたよ。パチンコ台CM、企業紹介ナレ、イベントナレ、ラジオパーソナリテイ・DJ、TV・ラジオCM/告知/番宣、TV・ラジオ番組ナレ、祭りイベント・結婚式・大衆演劇・企業決起大会などの各種司会、携帯ドラマ主役、ラジオショッピング、JリーグのスタジアムDJ代役など、何かもう色々!変わったところでは
『ホストリビアの泉』ってタイトルで(笑)時代やな〜、今となっては貴重な体験です。今でも使われてるみたいですが、甲子園で行われるイベントナレーション。(https://www.youtube.com/watch?v=FrkYWcdu900)58秒あたりから場内に響き渡ってるの僕の声。
モチロン、僕にも好みや得意分野があって、ラジオパーソナリティー、堅苦しくないイベント司会あたりが好き。一番重宝されたのは、『英語』を、日本人の片言英語っぽく喋ったり、ネイティブっぽく喋られること。
とにかくアルバイト必須、早朝から深夜までイベント、ナレ録り朝までとか…まぁフラフラになりながらやってましたけど、それでもやれたのは
まさに
を地で行ってました。僕の師匠・万田さざめさんとコラボしたサンプルボイスを聴けば、感じがわかってもらえるかも↓
残念ながら有名になれませんでしたが、今でもラジオはやりたいので、そのうち
として自分の好きな人ばっかり番組に呼んで、好き勝手やらせてもらう!だってスポンサーだもの♫ うわぁ〜
『水素バカ』の声が気に入ったカタ、僕が詩を朗読したブログはいかが?
これからも
を書いていきます。チョットだけでも
になれたら嬉しいなぁ〜^_^
今日はここまで。
ほなまた次回!